心石形成外科

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心石 隆敏

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心石 隆敏(こころいし たかとし)

医療法人優心会 創設者

略歴

1964年
和歌山県立医科大学医学部 卒業
1965年
広島大学医学部付属病院 皮膚科助手
1970年
横浜市立大学医学部付属病院 形成外科医員
1974年
藤沢市民病院 形成外科医長
北里大学医学部 形成外科 助教授
1976年
社会保険広島市民病院 形成外科部長
1985年
社会保険広島市民病院 形成外科主任部長
1998年
心石形成外科 院長
レーザー治療研究所 所長
2000年
医療法人 優心会 理事長

その他の経歴

1981年~1996年
島根医科大学皮膚科学教室 非常勤講師
1994年~1997年
京都大学医学部形成外科学教室 非常勤講師
1993年~1997年
日本形成外科学会中国・四国支部 副支部長

アザ・シミの治療についての放送

1985年1月
NHK「きょうの健康」 「あざの治療」
1991年6月
NHK「きょうの健康」 「アザ・シミの治療」
1994年8月
RCC「シミのレーザー治療」
2001年8月
RCC「シミのレーザー治療」

アザ・シミの治療についての雑誌執筆

1985年1月
NHK「きょうの健康」 「あざの治療」
1991年6月
NHK「きょうの健康」 「アザ・シミの治療」
1994年8月
RCC「シミのレーザー治療」
2001年8月
RCC「シミのレーザー治療」

ひとこと(2005.7 記載)

略歴では書いてないことですが、私が他の医者とは違う特質は、医者になる前に患者になったことです。高校1年のときに肺結核になり、19歳で手術を受け、21歳で高校に入りなおして31歳で医者になりました。

発病当時、肺結核は死に至る病として忌み嫌われ、親戚からも疎外されるほどでした。病気から回復して入りなおした高校では、大学新卒の先生と年齢差があまりなく、中学時代からの親友は東大を卒業して外交官になるといった状況でした。そういったことで、小学2年で志した「形成外科医」への足取りは、ともすればくじけそうになりました。

その精神的屈折の経験は登校拒否児への理解につながり、体に残った手術の傷あとは、肉体的・精神的コンプレックスを持つ人達との共感に発展しました。これらの体験は医者になってからの「大きな糧」となっております。患者さん達から「全然医者らしくない」といわれるのは、医者と患者との関係ではなく、患者同士の気持ちで対しているからだと思います。

私のライフワークは唇裂・口蓋裂と小耳症、およびアザの治療でしたが、それは上に述べたような理由からです。1998年に広島市民病院を定年退職しましたが、その気持ちを支えに、お役に立てる間は頑張りたいと思って開業しました。

開業してからは唇裂・口蓋裂・小耳症などの治療は出来ませんので、アザの治療を主体にしています。 そのほかに、シミの治療を行なったり、シワを目立たなくする治療もしていますが、顔が若返ると心も若返ります。高齢人口の増加した現在、明るく若々しい元気な社会を作ることも私の大きな仕事です。

院長 心石 隆史

心石 隆史

心石 隆史(こころいし りゅうじ)

医療法人優心会 理事長
心石形成外科 院長
レーザー治療研究所 所長

略歴

1986年
修道高等学校卒業
1993年
愛媛大学医学部卒業、
京都大学医学部附属病院 形成外科研修医
1994年
大阪赤十字病院 形成外科研修医
1995年
帝京大学医学部附属病院
救命救急センター助手
1996年
市立長浜病院 形成外科医員
1997年
医療法人 松寿会 共和病院 形成外科医員
1999年
日本赤十字社和歌山医療センター
形成外科医員
2001年
広島市立広島市民病院 形成外科副部長
2003年
大阪赤十字病院 形成外科副部長
2006年
医療法人 優心会 心石形成外科院長
2012年
医療法人 優心会 理事長
レーザー治療研究所 所長

その他の経歴

2001年
日本形成外科学会専門医取得

所属学会

日本形成外科学会
日本レーザー医学会
日本美容外科学会
日本皮膚科学会
日本整形外科学会

ひとこと(2006.8 記載)

はじめまして、心石隆史です。4月に当院の院長に就任いたしました。
少し自己紹介をしたいと思います。

私は生まれは広島ですが、父(当院理事長)の転勤に伴ってあちこち転居し、広島に戻ってきたのは小学校3年生のときでした。修道高校を卒業するまで広島ですごしましたが、大学は再び広島を離れ、愛媛大学に行きました。愛媛で6年間医学部に通ううちに再建外科に興味を持ち、形成外科医になることを決心しました。

卒業後、京都大学医学部の形成外科に就職し、略歴に書きましたように、以後は主に関西の病院で働きました。ちょっと変わったところでは、3年目に東京に行き、帝京大学の救命救急センターで1年間働いたことでしょうか。この間は救急医療、全身管理について学び、形成外科医としては広範囲熱傷、顔面骨骨折の治療を数多く行いました。

また5年目から2年間、京都の共和病院で働きました。整形外科を主にする病院ですが、ここでは主に手の外傷の治療を担当していました。京都府全域と大阪府北部から切断肢指の患者さんが搬送されてくるので、手術用顕微鏡を用いた再接着術を数多く行いました。顕微鏡を見ながらの血管吻合や神経縫合の技術をここで習得することができました。

この2施設での経験は、形成外科としては少し特殊でしたが、守備範囲が広がり、その他の病院での形成外科全般の診療に非常に役に立ちました。

以後、日本赤十字社和歌山医療センターで2年間勤務し、2001年4月から2年4ヶ月間、父の創設した広島市立広島市民病院形成外科に勤務しました。そのまま勤務を続ける予定でしたが、大阪赤十字病院形成外科の部長の転勤に伴い、後任として大阪赤十字病院形成外科で2年8ヶ月間勤務しました。これらの病院では、再建、外傷を主体として形成外科全般の診療に当たってきました。

特に大阪赤十字病院では、科の責任者としての経験を積みました。このことを今後は当院の運営に役立てて行きたいと思います。

当院はこれまでレーザー治療が中心でしたが、今までの経験を生かして今後は形成外科・美容外科手術も行っていきます。

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